杉岡幸徳インタビュー(『リキシャ』2001年3月号) ![]()
「旅行人」や「旅日記」に掲載された杉岡さんの最近の文章を読んでみる。そこに描かれているのは、ラオスの田舎ディスコでののんび
りしたダンスのことであったり、サイゴンで踊るオカマたちのことであったり……。ルポルタージュ・ジャーナリズム的視点を持つ人が
多いAWC会員の中、彼は旅先での「どうでもいいこと」を気負わず書き綴っている。
〜旅への目覚め〜
最初の海外旅行は二十歳の時のロシア(当時ソ連)です。新潟からハバロフスク、モスクワ、レニングラードへと向ったんです。シベ リア鉄道に揺られる五泊六日はむちゃくちゃ退屈なんですよ。そこで日本での時間感覚、空間感覚がばらばらにされてしまいました。赤 の広場も、単なる広場なのだけれども、そこに立った時に足元から異常なエネルギーが這い上がってくるのを感じたんです。そのとき、 僕は別の人間になった。まだソ連の時代ですから、完全な自由旅行ができたわけじゃないのですが、そこで旅に目覚めてしまいました。
なぜソ連に? その頃のソ連ってまだ胡散臭かったじゃないですか。その胡散臭さに惹かれた。ヘンなところに行きたがる心理じゃない かな。
〜反アカデミズム〜
東京外語大の学部に八年、修士に二年いました。ドイツ語を専攻したのは高校時代にトラークルというオーストリアの表現主義詩人に 惹かれて。この人がジャンキー詩人なんですよ。薬物が詩作にいかに影響を与えているか、ドラッグの効用など、色んな文献を漁って修 士論文を書いたんですけれども、これが教授の怒りを買って博士になれなかったんです。「お前は学問をなめている。これはアカデミズ ムへの挑戦ではないか」と。そこで大学から追放されてしまったんです。だからアカデミズムとか大学に対する反発は大きいですね。へ らへらした文章を書くのはその反動かもしれません。
〜取材ノート〜
昨年、『のまど』の記事を書くためにカンボジアへ行ったのが初めての取材旅行です。メモを取ったり、写真を撮ったのも初めてのこ とです。今までは日記もつけないし、メモも写真もとらなかったんです。正確なルポを書くわけじゃないので細かいデータは要らない し、間違えていてもいい。記録のないほうが強烈なものが書けるのかな、という気がするんです。忘れてしまっていることはくだらない ことでしょう。メモを取ると必要ないことまで思い出してしまうから、ぼんやりしたものしか書けないのではないかな。これは今後の課 題ですけれど。
〜旅行ライターの先に〜
僕の文章はルポじゃないんですよ。エッセイであり、詩(うた)です。物書きはなんでも書けなければいけないと思っていますから、旅 行ライターというのは切っ掛けであって、それで終わるつもりは勿論ないんです。今は旅行を通して世界の事情を書いていきたい。世界 の事情とは、僕のことです。僕が世界なんです。大袈裟かもしれませんが。 僕は存在意識が希薄なのかもしれません。アイデンティティーは他人に決めてもらうものだと思いますし、書くということは自分を訴 えるための手段にすぎない。事実の向こうに自分が隠れてしまうのは嫌ですから、自分自身を意味もなく表現したいですね。
将来の目標は、という質問に「ノーベル文学賞をとること」と笑って語る杉岡さん。「ライター」と印刷された名刺にその場で「自由 作家(フリーライター)」と書き加えていた。
(インタビュー・構成/牧 良太・フリーライター)